魔刻 第一章
<9>
2人は向かいの格子戸を静かに開き、外へ飛び出した。
「やっぱり!神社の中だったみたいね」
理佐が小走りに先へ行く。
後に続いた水輝であったが、足を止め考えこむ。
腑に落ちない。
なぜ自分達は解放されたのか。
そして何事も無くここを脱出し、武器も返ってきた。
・・・罠?
“・・・気づきましたか?水輝”
「パラル」
“あの空間は仕掛けた術者が解除しない限り、勝手に元の世界へ戻る事なんて出来ないはずなんです”
自分達はあいつらにとって邪魔な存在なはず。
「じゃあ、何のためにオレ達は?」
先に出て行った理佐が足を止めて後ろを振り返った。
「水輝?」
だからといって敵のテリトリーの中にいる自分達がどうにかできるものでもない。一旦、ここを離れるしかない。
「あ、ああ。今行く」
そう言って1歩踏み出した。と、理佐の後ろの風景が歪むのが見えた。
「理佐!!」
「え・・・?」
水輝が指差す方向を見て足を止める。
「逃がしはしないよ」
その歪みから徐々に手の向こう側が姿を現していく。
血の気の失せた青っぽい皮膚をした女性の体。身に付けている漆黒のドレスはやや色あせているように見えた。髪は燃えるような赤は健在、尖った耳、鋭い眼光もそのままだった。が、瞳の輝きが幾分増したような、野性味溢れる輝きに変化していた。
もちろん、その姿形はあの美女、クシナダ。
理佐が顔をしかめて1歩下がる。
「あと少しだったのに!」
クシナダは表情を変えず、彼らを見つめ続ける。
「よくあの場所から抜け出せたねぇ・・・」
何?
「それはどういう・・・」
「どっちにしろ」
水輝の言葉を遮り、クシナダは言葉を続ける。
「私はお前達を消してあげなくてはいけない」
すっと空いている反対の手を上にかざした。
その手の中には黒く渦を巻いている球体があった。
「それは!陰極宝!」
ニヤリとクシナダは微笑んだ。
「見くびるな・・・大蛇の力!大蛇に魅入られたクシナダ姫の力を!!」
するとクシナダはその陰極宝を口の中に入れゴクリと飲み込んだ。
カッ!!!
クシナダの体から溢れるように黒き光が発せられる。
「な、何これ?!」
理佐が身構えながらその様子を見つめる。
“まさか・・・?!”
「・・・」
徐々に光が収まっていく。
その姿はまさに大蛇の力を得た女の姿。
下半身のに8本の蛇の頭、手には鋭い爪、腰まで伸びた赤い髪は生き物のようにうねり、整った顔立ちの中にある瞳はどす黒くギラギラと輝いていた。
“さっきまでの印象が違っていたのは、陰極宝の力の影響だったんですね。そしてまさかそれを取り込むとは・・・!”
「いやーバケモノだわ、まさに」
はははと笑って水輝は刀を構える。
「そうね。私も笑いそう」
「まさにヤマタノオロチに魅入られた姫・・・というか、ありゃあもう喰われたな」
姫は無表情で彼らを見つめている。
その表情は“人”の雰囲気がかすかに残る程度。
ゴオォオオオ!!
8つの蛇の口から炎が吐き出され、2人に向かって勢いよく飛んでいく。
すばやく2人は左右に分かれて飛びのいた。
着地しようとした2人に追いうちをかけるように鋭い爪の一撃と、2手に分かれて蛇たちが襲ってくる。
「うわっ!」
「何?!」
ドガドガドガッ!!
爪あとが地面を切り裂き、さらに地面を炎が焼いた。
シュルン・・・!
「大丈夫?」
理佐が左手で水輝の服を持ち、水輝を引っ張っていた。そして少し離れた場所に着地する。
右手には鏡に付いていた紐。
その先は奥の鳥居に引っかかっていた。
「おう・・・しかし、別の場所を掴んで欲しかったんだけれども」
ケホケホと咳き込む。
どうやら襟首を掴んだらしい。
「助かるかと思ったら死ぬかと思ったよ・・・」
言っている言葉の割には顔には笑みが浮かんでいる。
「助かったんだから文句言わない」
2人は体勢を立て直すと、武器を構え走り出す。
理佐が鏡を投げつける。
ブン!!
真っ直ぐクシナダに向かって飛んでいく。
その鏡を操る紐の先には、理佐の右手。
クン
その手首が小さく動く。
そして鏡はその小さな動きに簡単に反応する。
水輝は刀を前に構えていた。
ダン!
地を思いっきり蹴り上げ、自分の体を宙に浮かした。
目標は、もちろんあの怪物の姫。
先に理佐の攻撃がクシナダに届く。
手首の返しを数回繰り返した結果、その反動を受けて鏡の動きが前後に何度も振れた。
ガガガガガガガ!!!!
連続して鏡の攻撃が短い間隔で何度も何度もクシナダの体に当たった。
「どう?!」
ブン!
大きく弧を描いて理佐の手の中に戻ってくる。
攻撃後動きを止めていたが、ゆらりとクシナダは顔を上げた。
あれだけ鏡を打ち込んだにもかかわらず、攻撃がなかったのように再び動き出す。
「・・・効かない?!」
唖然とする理佐の横を水輝が宙を飛んでいく。
その水輝を捉えようと8匹の蛇が襲いかかる。まさに水輝が飛び込んでいくのはその蛇たちの真っ只中。
刀が煌く。
バシュッ!
シャアアアアア!
一振りが1匹の蛇を直撃する。
それを合図にするかのように他の蛇たち、そしてクシナダの攻撃が彼1人に次々と襲いかかる。
スッ・・・
一度刀の動きが止まり、その刀ですくい上げるように彼らの攻撃を受け止め、その受け止めた形を返すように彼らに叩きつける。また刀が受け止め、するりと動き出す。
水輝は目を閉じていた。
はたから見ると華麗に舞っているようにみえる。
タン・・・!
水輝の体が宙を舞い一回転して着地する。
「・・・落葉の太刀」
立ち上がると体のあちこちにかすり傷があったり、切り傷があったりする。
「んー、防ぎきれなかったかな」
敵を見ると、あちらもあちこちに刀傷。むしろ向こうの方が重症。
鋭く耳を突くような悲鳴をあげてのた打ち回っている。
「水輝!」
側に理佐が走ってくる。
「大丈夫?!随分派手にやったみたいだけれども」
「ん」
自分はこんな感じ、という風に両手を広げてみせる。
「でも傷はそんなに深くはないわね、よかった・・・でもなぜかな?」
首をかしげる。
「私の攻撃は効かないみたいなのに、水輝の攻撃はかなり効いているみたい」
クシナダのほうを見るとまだ悶えていた。
理佐の攻撃の後はあのように悲鳴をあげたりしていなかったのに。
“もしかしたら、神話通りなのかもしれませんね”
パラルの声が聞こえてきたので理佐に腕輪を触らせる。
「神話?」
“ヤマタノオロチは剣によって倒されたという話です”
「あ、だから」
水輝の攻撃が効いたのだ。
「じゃあ、水輝が攻撃するしかないのね」
“あと、理佐さんにお願いがあります”
「わ、私?」
理佐は目を丸くする。
腕輪の中央にある赤い宝石が優しく輝いた。
オオオオオオ!!!
怪物と化したクシナダ姫の咆哮が響き渡る。
「じゃ、よろしく!理佐!」
顔がこわばっている理佐に一度微笑みかけると、水輝は刀を構え走り出す。
「・・・できるかしら」
“大丈夫ですよ”
理佐は走って行った水輝の後姿を眺めながら、自分の左手にある腕輪を握り締めた。
「・・・やんなくちゃね」
まだ緊張が残る顔で無理矢理微笑んだ。
ダン!
水輝は力強く大地を蹴り上げた。
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