魔刻 第一章
<8>
「あの鏡は、あの神社の神主だった私のお父さんの宝物だったの」
理佐はそう言った。
「本物は伊勢神宮にあるんだけど、あれは“八咫鏡”のレプリカなの。お父さんはあの鏡をご神体として大事にしていたの」
ふうとため息をつく。
「そして去年、突然あいつらがやってきた」
水輝は無言でうなずく。
「お父さんとお母さんを殺して、遺体を杜の入り口に討ち捨てたの」
理佐はふと自分の手を見ると、指を握りこんでいた。
「・・・それから、あそこで失踪事件や殺人事件が起きるようになった」
「・・・そうか」
だから、あそこで1人で戦っていたのか。
ふと、理佐の家で見たフォトスタンドの概視感を思い出す。そして納得する。
あれはさっきの神社の前で撮ったものだ。
あの中に映っていた理佐以外の2人はやはり彼女の両親。
あの神社の神主夫婦。
理佐は神主夫婦の娘。
だからあそこは彼女にとって大切な所。命に代えようとも守りたい場所。
水輝の腕輪がほんのり光る。
“水輝、理佐さんにこの腕輪に触れてもらうようにしてもらっていいですか?”
「ああ。理佐、これ」
水輝は左手を理佐に差し出す。
首をかしげる理佐。
「この腕輪に触ってもらえないか?」
「う、うん・・・?」
恐る恐る手を伸ばす。
その様子にふと何か思いつく。
「わっ!!」
「きゃあ!!」
バッと左腕を瞬間的に突き出してみた。
思いっきり驚いて悲鳴をあげる理佐。
あまりにもうまくいったので水輝はケラケラと笑った。
「あ、ははははは!!」
「ちょ、ちょっと何するのよ!」
お腹を押さえて笑う水輝に向かって頬を膨らます理佐。
「まさかこんなにうまく行くとは思わなかったからさ!あーおかしい!」
「水輝!」
一応怒ってはみたものの屈託なく笑い転げている彼を見て、こんな手に引っかかった自分に対しても何だか可笑しく思えてきた。
ほんの少しさっきまでの自分も含めて。
「ほんと、私ったらバッカみたい」
水輝と一緒に笑い出した。
理佐は手を伸ばし、水輝の腕輪に触れる。
“初めまして、理佐さん”
目を丸くして水輝の方を見る。
水輝はニコっと笑う。そしてうなずく。
「・・・あなたは?」
“私はパラルといいます。この腕輪に宿っている意思です”
「そういうこと。ただ、これに触ってないとパラルの声は聞こえないんだ」
「ふ〜ん」
理佐が触れている腕輪を見ると、細かな装飾がされており中央に赤い石がほんのりと光っている。
“私達を助けてくれてありがとうございました”
「へ?いえいえそんな!」
その改まった様子を見て水輝はこっそり笑った。
“ところで急に話は変わるんですが・・・理佐さんはなぜ「闇の力」を?”
すると理佐は左腕の衣服を上げ、左肩を見せた。
目のような形をしたアザ。
「やっぱりそうか・・・」
理佐はコクリとうなずく。
「・・・中学の時に」
水輝は左手のグローブを外し、理佐に手の甲を見せた。
「オレもそうなんだ、仲間仲間!」
左手の甲に理佐のと同じアザがあり、その横で微笑む水輝の顔。
「笑っている場合じゃないような気がするのだけれども」
ふーっとため息をつく。
“やはり「魔眼紋」の持ち主でしたか”
「魔眼紋?」
“ええ。闇の一族「邪仰神一族」に一度命を奪われ、その後「闇の力の恩恵」があったものが復活し、その証拠としてそのようなアザが体のどこかに現れるのです”
理佐は自分の左肩のアザを見つめる。
「復活した直後、いきなりあいつらに問われるんだ」
水輝は自分の左手を見つめながらぽつりつぶやく。
「信者になるか、それとも異端者となるか」
左手の甲にある“瞳”は動くことなく見つめるものを見つめ返している。
水輝の言っていることはもちろん理佐も理解できた。
この問いの答え方によっては、自身の人生━いや“人として生きる”ことからの逸脱は免れない━の歯車が大きく狂う事になる。
あくまでも大きいか小さいか、の違いだ。
絶対的な死というものを捻じ曲げる。つまり自然の摂理に反している訳だから、どちらにしても復活したあとの生き方は許されざる神の領域。
と、同時に神がかり的な力と身体能力を得ることになる。
“恩恵という言葉で示される通り、復活したと同時に不可視の力と半永久的に生き続ける生命力を与えられます。その力を彼らの「神」からの恩恵であると称し、信者という部下を集める手段としているのです”
喜ばしい力、喜ばしい生ではないのに、何で。
理佐は自分の両手を見つめていた。
「異端者って訳なのね、私達」
水輝は左手にグローブをはめる。
「あいつらから見れば、そういうことになるな」
「・・・水輝」
そして気がついてしまった。
「あの人・・・っ」
そこまで声に出してしまうも、途中でかろうじて止めた。
その様子を見て水輝は苦笑した。
「・・・ああ、リュウは信者になった」
「ごめん」
「謝らなくていいさ。間違いなく事実だから」
ぽりぽりと頬をかく。
「で、とりあえず、オレは考えたんだ。こうなってしまったものの自分はどうしたら良いかをね。そして行き当たった考えは・・・あいつらの邪魔をすること」
真剣に耳を傾けている理佐に視線を向ける。
“彼らの力の源は「信仰」。人の願い、欲求、心情が良い意味でも悪い意味でも集まりやすい場所に仕掛けをしているのです”
「仕掛け?」
「ゴミ収集と一緒さ。ゴミを出す場所にゴミを出して、収集車がゴミを回収していくのと同じだ」
“信仰の集まりやすい場所に、それらの信仰が収集できる特殊な宝玉を使っているんです。それが「陰極宝」”
「その宝玉に“信仰”を貯めて、上司が回収するってわけだ」
上司・・・さっきの美女と水輝の友達のこと?
「力の源が無くなれば、俺達を縛る“闇の力の恩恵”ってやつが消えるかもしれない。邪仰神一族という奴らも消えるかもしれない」
一呼吸置いた。
「あいつも、救えるかもしれない」
この人も、今まで苦しい道を歩んできたんだ。
「水輝は、彼を助けたい?」
率直な質問だった。何となく、彼女も彼の彼への想いに気づいていたから。
きっとこう答えるとわかっていた。
「助けたい。いくらあいつに邪険にされても、きっと助ける」
真っ直ぐ理佐を見つめ、真っ直ぐとした目でそう言った。
バン!!
「いてっ!」
背中に強烈な痛みと衝撃を感じた。
「偉い!」
ニッコリと笑った理佐が水輝の背中を引っぱたいていた。
「あの人が何て言おうと、水輝は水輝の気持ちを貫いて!ね?」
理佐の笑みを見ながら、イタタタタ・・・と言いながら背中をさする。
うれしいやら、悲しいやら。
「・・・おう」
ゴゴゴゴゴゴ・・・!!
突然、空間自体が振動し始める。
「な、何?!」
倒れそうになるのを必死に耐えていると、すると今度は目の前が明るくなった。
あまりの眩しさに2人共目を逸らした。
「・・・?!」
明るさに慣れてきたところで水輝は光源を見る。
それは空間の裂け目。
「あ、あれは・・・?」
そこには見慣れた2振りの刀。側にもう1つ何かが添えてある。
裂け目に向かって歩んでいく。
出た所は木の板に囲まれた1つの部屋。
中央には台と上に赤いマットが敷かれており、何かを飾るような台も置かれていた。またそれらの周りはキレイに飾ってある。
その台の向かい側には格子戸があった。
・・・ここは、もしかして。
「神社の中か」
そして水輝は刀を手に取った。やはり、自分の刀だった。
側にあった物も手に取る。
「水輝ー?」
後ろから呼ばれる。
「あら?ここは神社・・・??」
水輝は手に取った物を見てくすりと笑った。
これは、良いプレゼントだ。
「理佐」
それを彼女にそっと投げた。
理佐はそれを受けとめ、まじまじと覗き込んでみた。
「水輝」
驚いたような、困ったような、うれしいような顔をしてそれを抱きしめる。
「よかったな。オレもこれ、戻ってきたし」
刀をクルクルとまわす。
ふと、それほど大切なものに見えないくらい、さっきの美女に、抱きしめているそれを思いっきり投げ放っていたのを思い出す。
「・・・でも、そんな大切なものをよくブン投げるよね」
そう言われた彼女は顔を赤くしてむっとした顔を彼に向けた。
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