魔刻 第一章

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  <7>  

 真っ暗だ。体が少し重い。なんでこうなったんだっけ。ああ、あいつにやられちゃったんだっけ。じゃあ今はどうなった。

 目を開けた。
 目に入ってきたものは様々な色が歪んでいる空だった。
 空・・・?
 ゆっくり体を起こす。

“水輝!”

頭の中に響く声。
「・・・パラル」
“気がつきましたね”
 少し頭が痛い。
「ごめん、パラル。頭が痛くて」
“大丈夫ですか?”
控えめの音量で語りかけてくる。
「多分、もうちょっとしたら良くなるかも・・・ってここどこ?」
 額に手を当て痛みが治まるのを待つ。
“次元牢です。次元と次元の間の無空間を利用した牢獄”
「・・・あーちょっと意味わからない」
 額にあった手をそろそろと下へ下ろしていくと、頬の辺りに液体が手についた。

 ・・・涙・・・。

 泣くなんてもういつぶりだったんだろう。
 やっぱりオレは出来なかった。
 最後に見た親友「だった」彼の顔を思い出す。

ブルブルと頭を振る。
そこへさっきの言葉から受けたパラルの言葉。

“簡単にいうと閉じ込められていますね”

 あーそうか。
 あの後捕まったのね。

そう思い周りを見回すと、空と同じような感じで色がねじれた絵が続いていた。だがきちんと地面はあり、重力もある。異空間とはいえ、景色が違うだけで普段と変わりが無い。
ただ、出入り口が全くわからないのが難点。
次元「牢」と言うわけだ。
ふと顔を上げると少し離れた所にもう1人倒れているのが見えた。
 見たことのある、少女のような。

「・・・!理佐?!」

 水輝は倒れている少女に駆け寄り抱き起こす。
 耳を口元に寄せる。
 規則正しい呼吸が聞こえる。
「大丈夫だ・・・」
ほっとため息をつく。
「理佐!」
幸い外傷も少ない。
彼女の名を呼び続け、体を揺らすとまぶたがわずかに動く。

「・・・ん」

そうして目が開く。
「お、気がついた?」
「・・・水輝?」
「そうそう、大丈夫みたいだな」
 自分で体を起こす。
 キョロキョロと周りを見る。
「何これ」

「オレたち、捕まったみたい」
 はっとして理佐は自分の体を触ったり、地面をキョロキョロと見だす。何かを探しているようだった。
「・・・理佐?」
その様子をしばらく見つめていたが、水輝は声をかけた。
 すると顔を上げて水輝を見つめた。少し泣きそうなのは気のせいだろうか。

「・・・ないの」

「え」
「・・・鏡・・・」

 鏡。
 あの、理佐が攻撃する時に使っていた鏡のことか。
水輝は思い当たり、自分の武器を出してみようと試みると刀が出ない。
そういえばオレも刀無いや。
「きっと取られたんだ。オレも刀取られちゃったし」
 すっくと立ち上がると理佐は両手を前に突き出す。

・・・。
 何も起きない。

「・・・出ない」
ポツリと理佐がつぶやいた。
“・・・この空間は無なので術も使えなくなると・・・”
申し訳無さそうに水輝の頭の中にパラルの声が響く。
「・・・理佐、ここでは術も使えなくなるみたい・・」
おずおずと水輝が話す。
 ペタンと理佐は座り込む。そのまま顔をうつむかせ、動かなくなる。
 少し心配になった水輝は彼女の側にやってきて座る。

しばらく沈黙が続く
 何だかよくわからなくて、声もかけづらくて、変な空気があって水輝は彼女に話しかけるきっかけを得られずにいた。
 ・・・一体、どうしたっていうんだよ・・・?

「・・・鏡・・・お父さんの、鏡・・・」

 かすれるような声でぽつりと理佐がつぶやいた。
「?」
水輝はもう一度彼女の方を見た。

ポタリ

うつむいていた顔から一粒の雫が落ちる。
「取られちゃったよぉ・・・」
ポタポタと次から次へと雫が落ちていく。

 こ、今度はこっちが泣いてるのかよ!

「え、え〜と・・・ど、どうしよ。な、なあパラル、どうしたらいい?」
“・・・理佐さんは鏡を奪われたことがとても重要みたいですね・・・水輝、理由を聞いてみては・・・?”

 こんなときにかよ!!

 心の中でパラルに悪態をつく。もちろんこれも聞こえているはずだと思うのだけれども。
 だからといってどうすることもできたもんじゃないから、水輝はちらりとまだ顔をうつむかせている理佐を見る。そして、意を決して彼女に問いかける事にした。

「なぁ、理佐。その鏡は・・・」
 理佐がこっちを向いた気がする。
 その後彼は動けなくなってしまうのだが。

「・・・っごめん・・・ちょっとだけ・・・っ・・・」

 マジか!

 水輝の胸に理佐がしがみついた。
 混乱するのが当たり前。
 しがみついた本人は、しがみつかれた当人の思いとは裏腹にそのまま泣き続ける始末。当人はどうしたら良いかわからず固まったまま。

 むしろこういう時どうしたら良いかアドバイスをくれるとありがたいのですが、パラルさん。

 さっきからその声の主は沈黙したまま。
 助けてくれよ、こういう時もさ!

 ちらりと下に目を向けると理佐の頭が見える。

 小さく震えていた。
 泣いていたものの、声は小さく押し殺しているようであった。
自分を助けてくれた時の明るい彼女と、戦っている時の彼女、そして今の彼女は全く違う。
 普通の女の子・・・だものな。

 自分だって、情けないかな、こんな風に泣いた事があった。
 例のあの人のことでだが。
 あの時は思いっきり泣いて泣いて、泣いて。
 気持ちの整理が出来た気がする。
 迷いが無い、とは言い切れないが幾分、楽になった気がした。

 今、ここで泣いている彼女はまさにその時の自分なんじゃないかと思う。

「理佐」

水輝はそっと彼女の頭に手を添えた。
「思いっきり泣いて良いんだ。思いっきり」

そうしないと、きっとダメだ。
 理佐は今までずっと戦ってきたんだ。1人で。
 いつからかはわからないけれども、ずっと1人で戦い、辛い事もぐっとこらえていたに違いない。

・・・あくまでも、オレの推測。

 その言葉につられるように理佐の嗚咽は大きくなった。
 そう、それで良いんだ。


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