魔刻 第一章
<6>
首筋に鈍い痛みがある。手を添えて触るとそこが熱をもって腫れているようだった。
あまりにも強い衝撃だったため一瞬意識が飛んでしまった。
気がつくと自分は地面に倒れていた。
「・・・痛た・・・」
首筋をさすりながら顔を上げると、そこにはさっきの女がいる。そしてさらに見慣れない男が立っていた。
近くにいる美女の方が明らかに年上に見える、その男は自分と歳がそんなに違わない少年であった。身長が高く、身にまとっているマントのしたから足が見えている。髪は茶色なのだが、かなり薄い色だ。少し日本人離れしている端正な顔立ちをしている。
切れ長の目は、ある方向をじっと見つめている。
・・・誰・・・?
「・・・リュウ」
?
はて、誰のことか。
声のした方を見ると、水輝が深刻な表情をしてあの少年を見つめていた。
「相変わらず、我々の邪魔をしてくれているようだな」
「・・・」
リュウという少年が淡々と話す。
「リュウ様・・・」
おずおずとリュウの後ろにいた美女が声をかける。
リュウは彼女を睨む。
「お前は下がっていろ」
「はい・・・」
美女は音も無くその場を離れる。
その様子を見送り、視線を水輝に移す。
「いい加減にしてくれないか」
やや語調がきつくなる。
「これは僕が好きでやっている事だ。もう、僕のことはほっといてくれ」
そう言いリュウはきびすを返す。
「・・・それとも、僕と共に仕えるかい?あの方に」
はっとして水輝が顔を上げた。
「何だって」
1歩、足を前に踏み出す。
「あいつらの仲間になることはごめんだ!それにオレはこれからもあいつらの邪魔をしていくつもりだ!!・・・無論、お前のことだって諦めた訳じゃないからな・・・!」
リュウの背中に向かって大きな声で叫ぶ。ただ、最後の方はいつもの声より小さな声で。
すると徐々に彼は肩を揺らし始め、笑い出した。
「はははは・・・!僕を諦めないって?諦めるも何も、僕が望んであの方に仕えているのに?!」
リュウはそんなことを言う彼が可笑しくてたまらない。そうして振り返り、険しい表情をしている水輝に詰め寄った。
「・・・親友だろ、僕達。親友なら、親友の考えを尊重し後押ししてくれるものだと僕は思っていたけど」
そう言って微笑んだ。
ゾッとするほど美しい微笑み。
水輝は表情を凍りつかせたまま押し黙っていた。
親友?
あの人と水輝が??
その一部始終を見つめていた理佐は少し頭が混乱していた。
しかし、この状況からするとあの人が敵っぽい。
詳しいことはわからないが、この状況はおかしい。
おかしいったらおかしい!
少なくとも、私の場合はこんなんじゃなかった。
こんな身勝手な友情・・・私の考えも身勝手かなぁ・・・ねぇ?
ありえないよね?
そう思うでしょ?
「親友なら・・・」
気がついたらすでに声に出していた。
「親友なら!その親友の間違いも正してあげるのも親友じゃないの?!」
全く意図していない方からの発言。
2人は彼女の様子を驚いたような表情で見つめていた。
理佐はゆっくりと立ち上がる。まだ、首筋がズキズキとする。
痛みで飛びそうな思考を何とか留まらせつつ、それを言葉に出すよう努力する。
「あなたの言う親友って、そんな一方的な思いで成り立つような都合の良い関係なんかじゃない。お互いを思ってお互いの為になるように考えて、支えあって、助け合うものじゃないの?!」
一瞬、リュウはフッと自嘲的な笑みを浮かべる。そして手を彼女に向ける。
ドオ!!
強い風が起き、理佐の体を吹き飛ばす。
「きゃあ!」
彼女の体はそのまま地面に叩きつけられた。倒れたまま動かない。
「理佐!」
水輝は彼女に駆け寄った。
駆け寄り抱き起こすと、幸いにも呼吸はあった。気を失っているだけのようだった。
ほっとして息をつくも、キッと彼を睨みつける。
「何てことするんだ!彼女は関係ないだろう!!」
「どっちにしろ、彼女も罪がある。この場所で我々の邪魔をしてきたのだからな」
コツ・・・。
1歩、歩み出す。
「無論、お前もだ。水輝」
スウッ・・・。
マントの影から静かに1本の刀が現れた。刀身が、漆黒の色をしている。
水輝はそっと理佐の体を横たえた。
そして、自らも腰の後ろから2本の刀を取り出した。
「考えを改めるなら話は別なんだが、そのつもりは・・・ないだろうな」
リュウは刀を下に向け、徐々に水輝に近づいていく。
「その気は、さらさらないね!」
2本の刀を構えながら、水輝も彼に近づいていく。
タッ!!!
同時に2人は素早く動き出した。
ガキィィィン!!
2人の刀が激しく当たる音が響く。
「くっ!!」
水輝は片方の刀で受け止め、もう片方の刀を振り下ろす。
すると受け止めた刀が流れるようにすり抜け、さらに振り下ろされてきた水輝の刀をさらに受け止めた。
ガキィン!
そして受け止めた流れで刀がするすると動いていく。
水輝はとっさにジャンプをする。
シュン・・・!
水輝の足元に空が切れる音がした。リュウの刀が水輝のいた空間を通り抜けた証拠であった。
「だあ!」
宙から降りると共に刀を振り下ろす。
ガキィン!
水輝が両手の刀を振り下ろしたのを止めているのは、片手でもつ1本の刀。
「はあ!!」
リュウは水輝の体ごと刀で薙ぎ払った。
「うっ!」
ドサリと地面に倒れこむ。
“水輝!”
パラルの声だ。
「大丈夫」
なんの根拠も無い、自然に出た言葉。そしてまた立ち上がり、刀を持ち直し、彼へ向かって走り出す。何が大丈夫なんだろう。
「たああああ!!」
ガキィイン!
刀同士が再びぶつかり合う。
今度は水輝が刀を受け流し、切っ先がかすかにリュウの頬をかする。彼も体でその切っ先を避けていた。
水輝は片手の刀を持ち替え、柄の部分でリュウの体に一撃を入れる。
「くっ?!」
リュウは受け流すことが出来ずモロに受けてしまい、体勢を崩し膝をつく。
「終わりだ!」
水輝は刀を振り下ろす。
顔を上げたリュウの表情は、ただ無表情だった。
・・・。
刀身がリュウに届く前に止まってしまう。
水輝の刀は2本とも震えていた。そして水輝の体も震えている。
リュウは自分の頭の上にある刀を手で避けた。あっさりと刀はリュウの体の横を通り過ぎていく。
「切れないか、僕が」
リュウはゆっくり立ち上がる。
「そういう所が」
手のひらを未だに動けない水輝に向ける。
「甘いんだ、水輝」
水輝の瞳からはゆっくりと、光るものが地面へと滴り落ちていた。
パアアアン!!
リュウの手のひらから黒い発光体が放たれ、その直撃を受けて水輝はゆっくり倒れていった。
「・・・リュウ・・・!」
薄れゆく意識の中、目に映る彼、リュウの姿が見える。
憂いを秘めた微笑を浮かべ、悲しげに見えた。
その顔は何を言ってる?
オレはどうしたらいいんだ?
お前は・・・。
倒れている2人のそばへ近づいていった。
2人とも目を閉じているが、心臓はまだ動いている。死んだ、生きているという表現はこの際ふさわしくない。
もう死んだ人間なのだから。
「リュウ様!!」
振り返ると、美女がリュウに駆け寄っている所が見えた。
リュウは彼女からは視線を移し、手を覗き込んでいた。少し震えているのは気のせいだろうか。
美女がそっとひざまずく。
「・・・お前という者がこの“魔眼紋”の者たちに苦戦するとは・・・」
「も、申し訳ございません!」
「・・・今度失敗したら、あの方に報告する。身を引き締めて精進するがいい、わかったな、クシナダ」
「はい」
手を見つめ続けるリュウ。クシナダと呼ばれた美女を見ることは無かった。
もう一度2人の姿を見つめる。
「どうします?2人を今から始末しますか?」
「・・・いや、後でまとめて処刑を行うとしよう。これからの裏切り者たちへの見せしめになるからな・・・次元牢に入れておけ」
「はっ」
リュウは刀をマントの中に納める。そしてさらにもう一度彼らを一瞥すると、振り返って歩き出す。
そしてグッと手を握りこんでその場を後にした。
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