魔刻 第一章
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水輝の手を借り、理佐は立ち上がる。
2人の見つめる先には赤い髪の美女。
「もう少しで楽になれたものを。助けられて後悔するんじゃないよ!」
美女は両手を強く握り、全身に力をいれて身構える。さわさわと怪しく揺れる赤い髪。赤くうねる髪の中に、怪しく輝く瞳。
水輝はフッと笑う。
「後悔する?」
理佐はちらりと水輝を見て笑みを浮かべる。
「するわけないじゃない。むしろ」
ビュン!!!
一斉に赤い髪が鋭い無数の槍のように2人に襲い掛かってきた。
2人はその場から2手に分かれた。
理佐は円盤状のもの━それは古い鏡━を構え、鏡を投げつけた。
「感謝してるよ!」
満面の笑みを浮かべていた。
鏡は回転しながら理佐に向かってくる赤い槍を叩き落す。
「そうか」
水輝は後ろ手に2本の刀を取り出し走り出す。
「それは良かった!」
笑って向かう槍を一掃する。
「それだけじゃ終わらせないよ!」
両の手を前に突き出す。すると、指の先に小さな炎が次々と灯る。
バシュッ!!
10個の火の玉となり2人に向かって勢いよく飛び出していく。
「あいつ!火使うのか?!」
「水輝!」
理佐が叫ぶ。
「私の後ろに来て!」
彼女は鏡を持ち直し正面に向ける。
「鏡拡結界!」
ヴン!
理佐の持つ鏡が彼女の体を覆うくらい大きくなる。
パァン!!
火の玉が鏡面に当たるも、ほとんど衝撃も無く跳ね返る。
「な・・・!」
そのまま美女に向かっていく。
ドゴオオオォォン!!
「すっげー!便利だねぇ、これ!」
後ろにいた水輝が歓声をあげる。
「・・・と」
そして素早く理佐の前に回りこみ刀を構える。
目の前には爆風に包まれている彼女。
「よくも・・・!」
火の玉の直撃を受けてもなお、倒れていない。
「やっぱタフだねぇ」
水輝は楽しそうな笑みを浮かべる。
タッ・・・!
そして素早く美女に向かって駆け出した。
自分に向かってくる水輝の姿を捉えた美女は、とっさに髪を自分の体を遮るように囲む。毛先同士がきつく絡まり隙間がなくなる。髪の艶が無くなり、鈍く光り方を変える。うねる様な動きをしていた髪が一瞬にして硬質な壁のようになった。
「?!あれは!」
理佐はその光景に目を見張る。
その壁に向かって水輝は2振りの刀を振り下ろす。
ガキィィィン!!
金属と金属がぶち当たる音。
髪の壁に刀が打ちつけられた状態のまま止まっている。
「い・・・痛ぇなぁ!」
刀からの衝撃が伝わって腕を震わせる。水輝は数歩後ろに下がった。
“水輝大丈夫ですか?!”
水輝の左手の腕輪の方から聞こえてきた。
「大丈夫・・・だけど手が痛い」
そう言って苦笑する。
“自分の髪を硬化させて防御するみたいですね。”
「・・・刃こぼれしてないかな・・・?」
チラチラと持っている刀の刃をチェックする水輝。
手前で美女の髪が元の状態に戻していた。
「この防御は鉄壁だからな・・・そう簡単には破る事は不可能」
いつの間にか余裕の笑みを浮かべている。
・・・まだ劣勢のくせに、こういう時は余裕だし。
心の中で悪態をつく。
「水輝!」
理佐が駆け寄ってくる。
「大丈夫?」
「おう。しかし硬いな」
ちらりと美女の方を見る。
「あれ、私が一番苦戦した赤い壁よ。何やっても壊れないし・・・あれのせいであいつになかなか手傷を負わせる事が出来なかったの」
“水輝”
パラルの声。
“あの壁は金属と同じ硬度でしょう。金属を断つためには、闇雲に攻撃しても無理だと”
・・・闇雲に・・・。
“静と動は相反するもの。静なるものに動なるものをあてがえたとしても、反発し合ってしまいます。つまり”
つまり、静には静を、動には動を。
“そういうことになります。わかりますね?水輝”
今で言うと静は「壁」、動はオレの「刀」。
こっちも静の精神で望まなくてはいけない。
美女は再び雨のような髪の矢を2人に振り撒く。
2人は左右に分かれて直撃を避ける。
ザッ!!
横に避けたと同時にしっかりと地面を踏みしめ、水輝はその反動を利用してそのまま前に走り出した。
「?!」
美女は目を見開く。
そして自らの髪をとっさに前へと遮らせた。瞬時に硬質な赤い壁に変化する。
それを見届けると水輝は左手の刀を逆手に持ちかえる。
タン!
「?!」
理佐は刀を構え壁に立ち向かっていく水輝の後姿を見つめる。
「水輝!」
彼の目の前に硬質な赤い壁が立ち塞がる。
水輝は右手に握る刀に神経を集中する。刃に自分の意思、力、鼓動を送り込むイメージをしながら。
「道が無いなら、創るまで!」
右手の刀が煌めく。
しかしその刀筋は、少し離れていた所にいた理佐が見えるくらいの、ゆっくりと丁寧な速さとしっかりとした動きが見えた。
静かに、静かに、水がゆったりと流れるように。
「・・・流水の太刀」
刀筋のあった部分から一筋の線が入る。
パキィィィン・・・!
「何ぃ?!」
縦に2つに割れた赤い壁の中から目をさらに見開いた美女の姿。
シュッ・・・。
そして小さく空を切る音が聞こえた。
「あああ!!」
彼女の胴体から真横に断ち筋が刻まれていた。
水輝の姿はすでに彼女の後ろにあった。
構えた左手の刀には、水滴らしき液体が地面に滴り落ちていた。後ろ向きに彼はしばらくたたずんでいた。
「お、おのれ・・・!」
腹部を押さえながらゆっくりと、ゆがめていた顔を水輝へ向けようとする。
「驚いた?」
水輝は笑みを浮かべていた。戦いの最中というのにその笑みは子供のようないたずらっぽい笑みだった。
彼女はそれを確認すると同時に次は身動きが出来なくなる。
「そこまでよ」
理佐の声が冷たく聞こえたのではないだろうか。
後ろからの圧迫感は彼女のすぐ後ろから感じる。背筋に冷たい金属の感触が伝わってくる。
「この私が敵に後ろを見せてしまうとはね・・・」
油断した。
予定外の事ばかりで油断しすぎた。
悔しいが彼女にとってそれが事実。
「言っておくけれど、私の実力はこんなもんじゃない。やろうと思えばお前なんて・・・!」
「言い訳?今更」
背中の圧迫感がますます強くなる。
「これがあなたの実力じゃない」
深く理佐の言葉が彼女に突き刺さる。
彼女は唇を噛む。
しかし身動きは取れない。
ヘビに睨まれたカエル。
自身は全く逆なはずなのに。
「今まで、殺されてきた人たちの恨み、思い知れ」
前には水輝。後ろには理佐。
刀が振り上げられる、後ろの冷たい物体がきつく突きつけられる。
ドガッ!
「きゃあ!」
悲鳴をあげたのは、理佐。
「?!理佐!!」
見ると、美女の後ろにいた理佐がゆっくり倒れていく。
「理佐!!」
駆け寄ろうとして動いたものの、「何か」を感じて足を止めて構えた。
“水輝!”
パラルが叫んだのが鋭く頭の中に響く。
ガキィン!!!
構えた刀に強い衝撃を感じ倒れそうになる。
「!」
思いもよらない所でさらに衝撃が腹部の方に感じた。
「うあ!!」
派手に吹っ飛ばされ、地面に叩きつけられた。
「いって・・」
“大丈夫ですか・・・?!”
パラルが不自然な声の途切れ方をした。
カツン。
・・・?靴の音?
体を起こしながら思う。
誰だ・・・?
ようやく立ち上がり、ふと理佐の方を見る。
理佐はまだ倒れていたがモゾモゾと動いているので無事なようだ。よく見ると彼女は首筋の辺りを押さえていた。手の隙間から当て身でもされたように赤く腫れているのが見えた
そして美女の所を見る。
彼女の前には誰かが立っていた。
見たことがある人物に、息を呑んだ。
まさか、こんなところでまた会うなんて。
立ち上がったもののそこから動けなかった。
するとそれに気づいたのかその「誰か」がこちらに振り向いた。
「久しぶりだな、水輝」
そういって彼に微笑んで見せた。
その微笑みは何度だって見たことのあるなつかしい微笑み。
でもそれは今は別物。
胸が締め付けられる微笑み。
「・・・リュウ」
小さくつぶやいた。今はこれが精一杯の呼びかけだった。
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