魔刻 第一章
<3>
眩しい。
そう思って目を開けた。
「・・・」
ここは、どこだ?
まず疑問。
目の前には一色のみの壁。右を見ると壁。左を見ると少し遠くに開け放たれた窓。窓からは光が差し込んでいた。
そして、その光の中に人影が一つ。
まぶしくて見えない。
自分の状況を見ると、自分はベッドに寝かされていた。上着は脱がされている、そして右足を覗いてみると丁寧に包帯が巻かれてある。
自分は、助かった・・・のか?きっとパラルが助けてくれたんだろう。
そう思っていた。
“・・・水輝、気がつきましたか?大丈夫ですか?”
頭の中に声が響く。
「ああ、パラルのおかげだ。助かったよ」
声に出してお礼を言う。
「あ?気がついた!」
「え・・・?」
窓にたたずんでいた人影から声がした。聞きなれない声だ。パラルじゃない。
「よかった〜このまま目が覚まさないかと思った!」
「?」
小走りで人影が近づいてくる。
それは自分と同じくらいの年齢の少女であった。
茶色い長めの髪をサラサラと揺らして、大きな瞳に彼の姿が映っている。
唖然としている彼に屈託のない笑顔を浮かべた。
「気分はどうぉ?」
まだまだあっけに取られている彼。
「お〜い、起きてる??」
はっとしてばつの悪い顔をする彼。
「・・・起きてる・・・ってここは??」
「あたしの家、あなた神社の近くで倒れていたのよ〜足に怪我なんかしちゃってね。かすり傷だったし、勝手に治療しちゃったけれども。」
そういってまた彼女は笑った。
「神社の近くに倒れてた・・・」
うわ言のように繰り返す。
「そうそう、あなた名前は?」
彼女は大きな目をもっと大きくして彼の顔を覗き込んだ。
その行為にたじろぎながらも自分の名前をポツリと一言。
「・・・水輝」
彼の言葉を聞いて、彼女はまた笑みを浮かべた。
「水輝、ね!私、理佐っていうの。よろしくね!」
そして水輝の顔から離れるときびすを返して言った。
「お腹空いたでしょ?ご飯もってくるね。」
半ば強引に話が進んでしまい、また呆気に取られる水輝であった。
「なんなんだ・・・」
一人部屋に残される水輝。
嵐の後のように静かになった、部屋をぐるりと見渡す。
必要最低限の家具があり、窓は先ほどの彼女がいた所に大きく一つあり、斜め向かいに広い出窓、あとは部屋を出るためのドアが一つ。女の子の部屋というよりは空き家の中に近い状態であった。ここしばらく使ってなかったような感じにも見て取れる。
ふと見ると出窓に何か不思議な色をした衣服と袴、傍には横笛とその横笛の奥手前にフォトスタンドが立っていた。
「・・・」
それらに吸い寄せられるように出窓の方に向かう。
出窓の前に立つ。
フォトスタンドを手に取ると、そこには仲の良さそうな3人の家族の姿があった。真ん中の少女がさっきの理佐という少女だろう。後ろの2人はおそらく父親と母親。
そこに写っている写真に妙な既視感を感じる。
“水輝”
頭の中に声が響いた。
はっとしてフォトスタンドを元の場所に戻した。
そして左手を手の甲を見るようにして胸のあたりまで上げた。
そこには赤い石がはめ込まれた金色の腕輪があり、手はそのまま黒いグローブに覆われていた。
赤い石がほんのりと光っている。
「パラル、俺は一体どうなったんだ?」
“・・・あなたが意識を失った後、何者かがあなたを助けたようです”
「あの子ではなく?」
“ええ、多分。あなたが捕らえられていた髪を切断し、風のような速さであなたを連れ去ったのです。そして、あなたはどこかの道端に倒れていて彼女があなたを発見した・・・”
「そうか・・・」
ふうっとため息をつく。
“すいませんでした、私がもっと早くあなたに注意していれば・・・”
「バカ、何言ってんだよ。俺が油断したのがいけなかったんだ。しかしまー、あれくらい“力”の持った奴は久々だな〜。」
“ええ。・・・あの場所はやはり“闇力”の重要なところなんでしょう”
「だから、それだけ強い奴を置いてるって訳か。わかりやすい奴らっ」
ガチャッ
「ご飯もって来たよ〜〜」
ドアの開く音と場違いなほどの元気な声が聞こえてきた。水輝は左手を隠す。
理佐がそこに立っていた。
両手に湯気のたったものをお盆に乗せていた。
にっこり微笑むと、お盆の上のものを水輝に差し出した。
「はいっ、どうぞ〜」
再び呆気に取られる水輝。
とりあえずお盆を受け取る。
お盆の上にはご飯や味噌汁、おかず3品ほどが乗っていた。
う、うまそう・・・。
そう思った水輝はそっと一口口に運ぶ。
「・・・うまい・・・」
「でしょ?!」
満面の笑みを浮かべる理佐。
「超うまい!久しぶりにこういうの食べたかも〜!!」
ぱくぱくと食べだす。
不意に空腹が襲ってきた。
もう、このように空腹なんてなる訳が無いと思っていた。
もう、このような食べ物を口にできないと思っていた。
人間らしい、一瞬だがそう思った。
そんな彼を彼女は眉をひそめて覗き込む。
「・・・あなた、家出でもしたの・・・?」
ぶっ。
軽く吹いた。
「わっ!」
「ゲホゲホッ!・・・い、家出〜〜!?」
咳き込みながら呆れる。
・・・でも、そう見えても仕方ないか・・・。
道端に倒れている人間なんてこのご時世、そうそんなにいるもんじゃないし、さらにこのご時世は家出(悲しいかな自分の年齢くらいは)が多いって言うじゃないか。
自分の目的、これがあまりにも尋常じゃないし信じられない事情であるからして、さてどうしたものか。
考え込んでいる水輝を見て、理佐はため息をつく。
「言いたくないなら良いけれども・・・ちゃんと親御さんに連絡しとくんだよ。心配してると思うし」
家出で通しても良いかもしれない。
「それに・・・あの辺は近づかないほうがいいよ。」
「え?」
話の色の変わった気がした。
「あそこに神社があるんだけれど、最近あそこ怪しい場所でね。何かと事件が起きたり行方不明者が出たりするんだ」
「そんなことが?」
「うん。だから最初はあなた死んでるかと思った」
そうだ、死ぬかと思った。ていうか、死ねるか?
「・・・もう誰も死なせたくないし」
彼女の口からぼそりと小さな声。
「ん?何か言った??」
「いや!何も言ってないけど!・・・で、水輝はいつ家に帰るつもり?」
家出決定。
ここは先ほどの神社。
まだ日が高いというに、太陽の光がほとんど遮られてうっすら暗くなっている。
コツコツコツコツ・・・。
どこからともなく1人の女性が現れる。
真っ赤な髪、漆黒のドレスに身を包んだあの女性。
カッ!
足を止めた。
すると目の前の神社の扉が開く。
「順調なようだな」
男の声がする。
それに従うように彼女はひざまずく。
「はい、仰せの通りに」
クンッ
扉の中にあるおぞましい空気。中心にさらに黒く染まった部分から影が1つ飛び出した。
カツン・・・。
勢いよく飛び出した影は、人の形をしていた。静かに足を下ろす。
「それは、良いことだ」
ゆっくりと彼女の元へ歩み寄る。
「・・・ただ、少し気になることがありまして」
歩みを止める。
「何だ?」
「この”闇玉”を破壊しようとした者が現れました」
「・・・ほう」
「もう少しで生け捕りにでも、死体でもしてやろうとした時に邪魔が入りまして逃がしてしまいました」
「・・・1人じゃないのか?」
「おそらく」
カツンカツン・・・。
人影は彼女にさらに近づく。
わずかに差し込んでいた日の光の中に人影が映りこむ。
それは成人というよりはまだ少年の面影を残す男であった。明らかにひざまずく彼女よりは年齢が下であるように見える。
金髪に近い茶色の髪、切れ長の瞳、漆黒のジャケットにマントをまとっている。
端正な顔つきの中にある口元がゆっくりと動く。
「あいつの仕業、であることは間違いないな・・・協力者なんていたか?」
「私の見た限りでは協力者はいなかったようです。あと、いつもの抵抗者も相変わらずです」
「・・・その者は拒んでいるのか?」
「よほどこの場所に執着しているみたいです」
「邪魔者は捕らえ、慈悲を与えよ。それでも心変わりがなければ・・・後はお前の好きなようにすれば良いだろう」
「はっ」
男はきびすを返した。
カツン。
「・・・水輝」
ぽつりとつぶやく。
その表情は、悲しい笑みであった。
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