魔刻 第一章

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自分は生きるのに値したニンゲンなのか。
 それともこの生は神の気まぐれなのだろうか。
 いや、神なんてものの崇高なものじゃないだろう、あまりにも慈悲が無さ過ぎる。
 気まぐれどころか道楽だ。
 命を司る者のすることではない。
 自分の大切なものを奪って、自分の人生さえ狂わせて、自分はそれでも生きろと言われるのか。
 ふざけるな。
 返してくれ、いつもあったあの場所へ返してくれ。
 そして、大切なひとも返してくれ。

 雨が降っている。
 遠くから雷鳴も聞こえてくる。
 暗闇から自分を解放させる。あたりは薄暗く、冷たい雨が地面に降り注いでいた。すでに地面はきれいな水溜りを作っている。
 どれくらい眠ったんだろう。
 雨宿りで大きな木の下に駆け込んで、その場に座り込んでいたらいつの間にか記憶が途切れていたようだ。
半身を起こす。
少し背中が痛い。木の幹に体を押し付けていたので無理も無い。
“ごきげんよう、水輝”
ふと、頭の中に声が聞こえた。
「・・・寝ちゃってた。起こさないでくれたのか?」
“疲れて、いたから”
頭の中の声が言う。
「ありがとう」
彼は微笑んだ。寂しげな笑み。それでいて暖かな笑みであった。
“雨はもうすぐ止みます。もう少し休んでいきましょう”
「ああ。そうするよ」
“「陰極宝」のあるところまで、もうすぐです”
「・・・」
彼は目を閉じた。

彼は旅をしている。あての無い旅。
でも、自分はどうしたいかわかっている。それを実行するには、どうしても回り道が必要だ、ということも知っている。
だから、旅をするのだ。
自分の為?誰かの為?それはわからないけれども、それが必要だから彼は旅を続ける。

 目的地に着いた。そのころには夜になっていた。でも、それは好都合だった。
今から行なおうとしている事を考えると、とても都合が良い。
「わかるか?パラル」
独り言のように彼はつぶやく。
“はい、よく感じます。あの鳥居が見えるでしょう”
「あれか・・・」
高台のある場所から、一つの町を見下ろす。
 彼は目を細めると、走り出した。
 姿が見えなくなるほどの速さで。

「静かな町だな」
自然と口から言葉がこぼれ出た。
 自分が住んでいた所と似ている。
そう思った。
 でもこの町が泣いている、叫んでいる、悲鳴を上げている。
 静けさは、裏で起こっている悲劇をひっそりと包んでいる。
 何とかしなくては。
キッと正面を見据える。正面にはあの、鳥居。
 足を止めた。
“この真っ直ぐ奥です”
 頭の中の声がささやく。
 彼はゆっくりと歩き出した。

鳥居はこの町の繁華街と思われるところの近くにひっそりと立っていた。
その後ろは何かを守るように木々が生い茂っている。
鳥居をくぐった先は、整地された石畳がえんえんと奥に続いている。周りは木々が立ち並び、昼間なら緑の光が差し込み、穏やかな時間の流れる空間が存在している事だろう。
しかし今は夜。
太陽の無くなったこの空間では、漆黒の闇が続く。もうすぐ夏だというのに冷ややかな空気が漂っている。
 近くに繁華街があるとは思えないくらいの静けさ。
「・・・」
張り詰める緊張感、どこか気の許せない聖域といわれる空間。
コツコツコツ・・・
自分の靴音のみが闇に消えていく。
「・・・あれは・・・?」
闇にまぎれてうっすらとその姿を現す、神社。
 近づくたびにその姿があらわになる。
“水輝、あれ・・・”
「!」
 空気が渦巻いた。
 確実にあの神社から、何かを吸い込むように空気が流れを生み出している。
 彼の中の“何か”も、それに呼応するかのように騒ぎ出す。
“あの中です。水輝、・・・油断しないでください”
「わかってるよ」
 彼はそういって歩き続ける。
 少しずつ、少しずつ、胸騒ぎに似たものが彼の中でうずく。
 気持ちの良いものではないが、この感覚があるからこそ自分は目的を“達成”できる“きっかけ”をつかむ事ができる。
 あの日に戻れるような気がする。
きい・・・・
 神社の扉を開ける。
「!?」
 彼は顔をしかめた。
 開けたとたん、中からおぞましい空気があふれ出た。
 ある部分を中心として渦巻いている闇がそこにあった。
「いつもながらヤな感じ」
 彼は顔をしかめて手をそれに向かってかざす。
 キン!
 何やら金属音が彼のいた場所から響く。
「・・・そう簡単にはいかしてくれないよね、やっぱり。」
 いつの間にか彼はその位置から3メートルほど離れたところに手をついてしゃがんでいた。
 彼のいた場所には、棒のようなものが突き刺さっていた。
 それを見て彼は苦笑する。
「マジかよ・・・」
 そう思ったのもつかの間、彼に向かって何かが飛んでくるような音が聞こえてきた。
 シュッシュッシュッ!!
 彼はその音よりもわずかに早く身を翻して神社の外に飛び出した。
 ガッガッガッ!!
 そこにも棒のようなものが突き刺さった。
「勘弁してくれよ・・・」
 そう言っているが、彼の手は神社の向こうに向けたままだ。
 バシュッ!!
 彼の手から発光体が現れ飛んでいく。
 その色は黒だった。
 バン!!
 その発光体は何かにぶつかって消滅する。
「おでましか〜?」
 彼はニヤっと笑った。
 彼の視線の先には人影が立ちつくしていた。
 
 そこには人間を超越した異形の美しさをたたえた女性が立っていた。
燃えるような長い髪、褐色の肌、鋭い眼光をたたえた目、そして長い先の尖った耳、漆黒のドレスをまとっていた。
 彼をその眼光鋭い目でとらえる。
「何者だ、貴様」
 冷たく美しい声だった。
彼は笑みをたたえたまま、すっと口を開く。
「壊しに来た、何もかも」
 質問に答える気はなかった。
 冷たい美女が冷たく言い放つ。
「ならば、死ぬがいい」
 美女の目が一瞬光った。
ドガッドガッドガッ!!!
 先ほどの棒のようなものが彼のいた場所に突き刺さった。
「ほらよっ!!」
 美女の上空から声がした。
 ドドドドドドド!!!
 嵐のように黒い発光体が数多く落ちてきた。
 美女のいた場所にすべてが直撃する。
「やったか?」
 近くに彼は着地した。
“水輝!”
 頭に響く警告の声。
 すばやくその場から飛びのく。
ドガッ!!
 そこに棒のようなものが突き刺さり、その場に美女が立っている。
“大丈夫ですか?!”
「ああ、助かった」
 頭に響く声に向かって感謝する。
 再び攻撃しようと体を移動させようとした。
「つっ・・・!」
 右足に激痛が走った。見ると、膝の辺りが切れて血がにじんでいる。
 さっきの攻撃でかすっていたようだ。
 しかも、そのせいでワンテンポ動きが遅れる。
「うわっ!」
 すれすれで棒のようなものをかわす、しかしそこで身動きが取れなくなる。
「あ・・・」
 体に赤い紐のようなものが絡み付いている。
「安らかに逝かせてあげる」
 後ろから冷たい声。
 彼の体は美女の髪の毛で絡め取られていた。
 足、手、首・・・ものすごい力で振りほどくのには時間がかかりそうだ。
 彼はもがくが、徐々に体が痺れて力が入らなくなっていく。
 あの棒のようなものには何か痺れ薬でも塗りこめてあったのかもしれない。尋常じゃない勢いで体全部の感覚が麻痺する。
「やべぇ・・・な・・・」
何とかこれだけ言葉が出る。
 意識も薄れてきた、チクショウ・・・!
彼は心の中で悪態をついた。油断しちまった・・・。
「待ってください!・・・今私が・・・」
頭の中であの声がした。しかし、そこで彼の意識は途切れた。

バシュ!バシュ!バシュ!
 風を切る音が聞こえ、赤い髪が切り刻まれる。彼の体が解放され前のめりになって倒れていく。
「な・・・?!」
美女のうろたえる声。
 すると彼の体が風に奪われる。そして・・・その場には何も無くなった。
美女は、その場に立ち尽くす。
「・・・もしや、あいつは・・・ご報告に上がらねば」
そして彼女も風のように消えていった。

 神社は先ほどまでの闇を取り戻していた。
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